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コミュニティーの弱体化がジベタリアンを生んでいる


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羞恥心はどこへ消えた? (光文社新書)
1章から3章では、我々が恥ずかしく感じる事例をあげ、なぜ恥ずかしく感じるのか、恥の効用とは何か、また恥はどのようにして進化してきたのかについて筆者の考えを示している。
例えば失敗したときだけでなく大勢の前でほめられた時にも恥ずかしく感じるのは、他人の嫉妬を抑え、また他人から自分への期待値を下げることにより他人の期待を裏切る可能性を低下させるためだと述べている。
個々の内容は興味深いものの、小ネタにとどまっている印象がぬぐえない。

最後の第4章で、タイトルに関連したジベタリアンや人前キスといった迷惑行為が若者の間で増加している理由を羞恥心を用いて解明を試みている。
本書によると、若者の羞恥心そのものが低下したのではなく、彼らから見た対人関係が変化したと指摘している。
すなわち、もともと関係が近いミウチと遠いタニンに対しては羞恥心は低く、関係が中程度で不安定なセケンに対しては羞恥心は強く働く。
若者にとっては電車で乗り合わせた人や街行く人はセケンではなくタニンであるがため、羞恥心が働かないのである。
別の表現をすると、地域社会の弱体化により周りの人間からの監視がなくなったためである。
これはすでに広く指摘されていることではあるが、本書では羞恥心という切り口で丁寧に述べており、また示唆に富む指摘を多々見られる。

全体を振り返ると、平易な言葉で書かれており大変読みやすいが、特段の興味を引かれたのは第4章のみだった。
しかし第4章だけでも目を通す価値がある書であり、自信を持って購入をお薦めできる。
引用元:コミュニティーの弱体化がジベタリアンを生んでいる

安藤成子

この本を読んで得たことはルース・ベネディクト「菊と刀」に関して知識を深めることができた点であった。そもそもルース・ベネディクトが女性であることをはじめて知った。要するに「菊と刀」というタイトル以外は何も知らなかったのである(恥ずかしながら)。その中では日本は恥の文化であり欧米は罪の文化であるということが主張されているらしい。その二項対立的に日本を一定のパターンにはめ込む考え方を批判する人々も多いということを知れたことが一番の収穫であった。はたしてベネディクトは新概念を研究したのか、それとも日本を欧米流に分析したにすぎないのか、専門外の私にはまったく分からない。
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