座る・・座る・・味で感じる・・仏の心
| 写真 | 商品名 |
![]() | 永平寺の精進料理 七六〇年受け継がれた健康の智慧を家庭でいただく |
偉いお坊さんが「こんどの典座の料理はとてもおいしい」とぼそっと言われました。
それでじっさい料理を頂くとき、はじめ「そうかな?」と思いました。目の前の飯物などは味付けが薄口で湯気だけが上って来るかのような気がしたのです。しかしそれはすぐに誤解とわかりました。
その中からだんだんと味が出てきて、噛むほどに噛み心地を感じたり、演出しようとしているかのような意図のある香りや味わいを感じたのです。そして(おかずの追加である)別菜はむしろしっかりした味付けで、結果的にどの料理もメリハリの利いた、とてもおいしい味だったと記憶してます。
はじめに口にするものは薄い味で、後に口にするものは比較的濃い味に演出されたのでしょうか。食べ終わってみると、たいへん幸福感につつまれたのを憶えています。
味付けは「濃い味は付けやすいが薄味は付けづらい」と以前どこかで聴いたことがあります。はっきりとしっかりした意図をもって薄い味に「演出」したりするのは、基本だけ知っていてもできない、むしろ伝えようとする「心」の領域かもしれません。
(本来、禅宗の教義では、味が美味いとか不味いとかを、考えたり口にするべきではないのですが、著者の料理が質の高いものでしたので一言書かせていただきました)
引用元:座る・・座る・・味で感じる・・仏の心
私は、この本の表紙のひとが坐る姿のあまりの美しさに感動して、坐禅をしてみようと思いました。
お釈迦様の弟子の一人に、ある僧侶が托鉢する姿のあまりの美しさに打たれて出家を決意した人がいらっしゃることをこの本の中の記述で知りました。
坐り方が大きく美しい写真で説明されており、とても読みやすいです。おかげさまで結構綺麗に坐れるようになってきています。感謝感謝です。
坐禅でセロトニンが増えるという話や、海外での坐禅受容の話、体験座禅のレポート、といろいろ読み物がたくさんあります。
この本にも坐蒲をどこで求めればいいのかは言及されておらず、私がはじめたとき(2年前)はどこで手に入るのかわからず、いろいろ探した上でお世話になっている仏具店にお願いして手に入れました。
引用元:
お釈迦様の弟子の一人に、ある僧侶が托鉢する姿のあまりの美しさに打たれて出家を決意した人がいらっしゃることをこの本の中の記述で知りました。
坐り方が大きく美しい写真で説明されており、とても読みやすいです。おかげさまで結構綺麗に坐れるようになってきています。感謝感謝です。
坐禅でセロトニンが増えるという話や、海外での坐禅受容の話、体験座禅のレポート、といろいろ読み物がたくさんあります。
この本にも坐蒲をどこで求めればいいのかは言及されておらず、私がはじめたとき(2年前)はどこで手に入るのかわからず、いろいろ探した上でお世話になっている仏具店にお願いして手に入れました。
引用元:
